ヨーカン長屋から

日暮れにたどる小野家の食卓

キャロル独唱

夜、鼓介とOne Tree Hillの教会にクリスマス・キャロルを聞きに行った。

小学校の保護者と先生の合唱団。6年生の合唱。指揮者とソロの歌い手男女各1名は客員のようだった。

このソロの男性が良かった。人間は所詮、管と袋であるという言葉通りに肺と腹を声帯を操って管楽器のように音を出す人だった。今までオペラやシャンソンの歌手は扇情的で苦手だったが聴き方を間違えていたのかもしれない。人間チューバに感動。でも人を感動させようとしてあのように歌ったわけではないと思う。自分という袋の中側を外に返す作業を、己を知る、磨く、演じるの三段階で成就している。こういうことのために人生があるんだな。スタイルじゃない、コンセプトじゃない。ヒューマニティ。

イギリスでは合唱や演劇は小学生から人気の習い事だ。形から入れる楽しさがあるし、体を動かす、声を出すっていう行動主義なところがいい。自分の器を小さいうちから使い込んでいくことの大事さがよくわかる。いろいろなことがシンプルになってきた最近。わたしも自分の輪郭をなぞって次はどの辺を磨いてみようか考え中。

夕食:スパゲティカルボナーラ、ミンスパイ

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キャロル独唱」への2件のフィードバック

  1. june 2012年12月13日 1:01 pm

    あ、なんか同感。その歌い手さんの魅力が伝わってくる。
    私も、それが使命のような芸をする「芸人」さんに、素直に感動するようになった。
    昔はいろんなものがジャマして見えてなかったことって多いなあと思う。

  2. kazuebi 2012年12月13日 8:46 pm

    juneちゃん、ほんとだねえ。どんどんシンプルになってくるね。感動って昔は全身の毛穴とか肌で感じていた気がするけど、今はもっとお腹の中からわき上がってくる。イブは同じ教会のキャロルに行こうかな。英語の賛美歌もだいぶ歌えるようになったよ。

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