ヨーカン長屋の日記

日暮れにたどる小野家の食卓

おじいちゃんの夕焼け

祖父が亡くなって土曜日から日本にいる。明日ロンドンへ帰る。

10月に祖父は膀胱癌の治療のために練馬で入院した。余命1年くらいかなあということで、同居を拒んでいた祖父がとうとう折れて、退院したらみんなで暮らそうという案に同意してくれた。その直後に母が膵炎にて入院しても、みんなで暮らそう計画のおかげで実家全体は明るかった。入居予定者3名中2名が出塁したが、父はあっという間に妹の家の真裏のマンションに頭金を払い、ふたりのバックホームに賭けた。しかし危篤の知らせからあっけなく他界。夢一歩およばず惜しかった。

父は私が中学生の時に家に来た。だから祖父とは幼少期の思い出はないが、鼓介が誕生してから祖父母との間に家族らしい親密さが育っていった。しかし、他の親戚との付き合いはなかったので父方の縁者にとって私達一家はほとんど宇宙人だ。それで、通夜後の食事ではみんなが祖父の人生のうちよく知っている部分を持ち寄って話をつなげるような風になった。一貫して明るく楽しい人だったらしい。祖父は曾祖父が62歳の時に誕生して新聞に載り日本で初めて粉ミルクで育った赤ちゃんだとか。

一方、もうひとりのランナーである母は通夜前日に退院を果たし葬儀に出席することができた。母はどんな葬儀でもいちばん大きい声を出して泣く。祖父とは大の仲良しだったので、お通夜はもう泣きに泣く。最後は風邪用に着けていたマスクをずらして目をふさぎアイマスクにして泣いていた。お焼香の人も振り返ったとき見たと思う。隣の私は悲しくて可笑しい腹の皮をよじりながら人の一生を想ってよけい三丁目の夕日のような気分になってしまった。

来週は父と母の引越し。さよなら清新町。

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